六本木の歴史
「六本木」と聞くと外国人がたくさんいて、国際色豊かなイメージがありませんか?実は、終戦後、米軍駐留地となったことから、海外の方が集まる場所になったのだそうです。昭和34年に米軍施設が日本に返還され防衛庁となりました。
ちょうどそのころ、「六本木族」と呼ばれた若者たちが六本木に集まる姿がマスコミで話題になり、若者2人が六本木で出会い、死に至るまでを描いた有名な小説「六本木心中」が世の中で話題になったのもその頃です。そんな高度経済期から一躍有名だった六本木がバブルの時代を経てディスコ黄金時代に頂点を極めます。
六本木スクエアビルは、既に伝説となったマハラジャを始め、全てのフロアがディスコで埋め尽くされていました。そして「ジュリアナ東京」「六本木ベルファーレ」も登場します。森ビルは昭和61年に、バブルの象徴としてアークヒルズ(赤坂)をオープン。そして平成15年に六本木ヒルズをオープンしました。記憶に新しい「東京ミッドタウン」が2007年に防衛庁跡地の再開発としてオープンしました。その頃から少し街の雰囲気も落ち着いた、大人の町に移って行っている気がします。
「六本木」という地名の由来
六本木の名前の由来はいくつか説があります。実際のところは定かでないのですが、有力な説としては、「六本の松の木」があったからというものが一番有力と言われています。もう1つは、六つの大名屋敷があり、それぞれの苗字に樹木の名前だったから、という風にも言われています。それぞれの名前は青木氏、一柳氏、上杉氏、片桐氏、朽木氏、高木氏ということです。

今となっては懐かしい、六本木を象徴していた「アマンド」